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このごろ思うこと
2010-09-14 Tue 01:49
実に、1年と1か月以上ぶりの更新。
もちろん、サイが眠ってから初めての更新。

見てくれる人、多分誰もおられないと思うけれど。。。


2006年に、叔父と母が亡くなったことから始まり、
2008年に父、そして今年2010年にはサイ。。。

私にとって大切な人、愛犬が、
次々と目の前からいなくなってしまった。

こんなつらい5年間って、50年近く生きてきて、
きっとなかったと思う。

両親と大体同じ時期にサイが眠ったということは、
サイは私の親として逝ってしまったことになる?

しかも、本当の親よりも、介護する時期が短かった。
娘思いな母だったことになる。


この娘思いな母、、、いや、サイが、
先日、姿を見せてくれた。
普段、1日何回も名前を呼び、
その度に、私のそばに戻ってきてくれていると信じているのだが、
あの日は、確かにサイの姿をこの目で見た。
一瞬のうちに、消えてしまったけれど。。。

「サイちゃんに会いたい!」と毎日念じていると、
時には本当に会うことができるのだと、
サイと私の心が繋がっていることに、
またまた涙を流しながら感動した。



人間の一生、とりわけ最期の迎えかたは様々。
両親と愛犬を立て続けに見送った私は、
長い年月周囲に迷惑をかけることなく、
ぽっくり楽に逝ってしまいたい
と、
最近富にそう思う。



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会いたい
2009-07-28 Tue 14:40
実家へ行く途中、父そっくりな老人を見かけた。
背格好や姿勢が怖いほど似ていた。
頭のてっぺんにイボのようなものができているところまで似ていた。

自転車に乗っていた私は、その老人の前を過ぎ去った途端、
無性に父に会いたくなった。
そう思うと、母にも会いたくなった。

父にも母にも、色々話を聞いてほしい。

もし話すことができたら、父と母は、私になんて声をかけてくれるだろう。




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冷静になることの難しさ
2009-05-30 Sat 22:40
「11都道府県 377人」
これは、5月30日現在、確認されている「新型インフルエンザ」の感染者の数。
・・・って、確かにどんどん広がっていっていることは知らなければならないけれど、
見つかる度に、こうして人数が発表されるって、どうかと思う。

初の感染者が見つかってしばらくは、発表される毎に「びくっ!」と反応していたが、
今は、「そりゃ増えていくのは当たり前。実際はきっと、もっともっと多くの人が感染し、発表されることもなく回復している場合もあるだろう。」なんてことを考えてしまったりする。

それにしても、実に色々な方面にわたって影響を及ぼしてきたことには驚かされる。
拡大が少しは横ばいになってきたと言われるけれど、
これから梅雨に入り、その後猛暑を迎え、そして、季節がさらに動き、本来の(?)季節性インフルエンザが流行する時期がやって来た時、、、、、

今のこの新型インフルエンザが、依然として密かに形を変え居座り、もっと強毒性になっていたとしたら、、、


こんな最悪なケースを、もちろん想定してはおられるだろうけれど、
ワクチンが間に合わなくても、どうか国民が皆パニックにならないよう、
少しでも冷静で適切な対応を政府がとってくれることを、心から祈るばかりである。




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どうして・・・?
2008-07-30 Wed 09:34
どうして「誰でもよかった。」って考える?
どうして「都市型ゲリラ豪雨」が突然街を襲う?
どうして「新型インフルエンザ」なんていう、昔考えられなかったような恐ろしい魔物が潜んでる?
どうして「大地震」が永遠の人類の敵として、常に潜伏している?


こんなに怖いことだらけの昨今。
「この世の果て」なんて言葉が、頭をよぎる。
あと何年生きられるかは全くわからないけれど、
ごく普通に最期を迎えたいと、
この頃切にそう願う。





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おさがり
2008-04-10 Thu 20:26
母が亡くなって間もなく1年と4か月。
時々、元気だった母の姿や、やつれて寝込んでしまっている母の姿など、
色々思い出しては、語りかけたりしている。

母が身につけていたものなど、急に片付けるなんてこと、
姉は到底できなくて、
ずっと箪笥にしまっていたままだったのだが、
昨日実家に行った時、
「おかあちゃんが着てはった黒いお葬式用の服とか、
着れるものがあったら、持って帰ったら~?」
と、老父の介護で疲れきった顔をした姉が、ぼそっと言い出した。
母は私よりもずっと身長が低く、華奢な体型だったが、
きっと長いめの丈で着ていたであろう、黒いワンピースやスーツを見ると、
私が着ても、大丈夫なように思えた。
ちゃんとした夏用の喪服を持っていなかったので、
買う必要がなくなり、すごく助かった。

「スカーフもいっぱいあるし、選んで持って帰りや~。」と姉。
そういえば、母はネックレスなどのアクセサリーは一切付けず、
唯一スカーフだけ、飾りに使っていたのだ。
だから、誕生日プレゼントに、よくスカーフを選んだ。
箪笥の中から出てきた中に、私がプレゼントしたものがたくさんあった。
あまり外に出なくなりかけた頃にプレゼントした、小さなスパンコールの付いた黒いスカーフが、一回も使われないまま出てきた時には、胸が詰まった。
そのスカーフも含め、何枚かのスカーフが、
私のもとに戻ってきた。

「おかあちゃん。このワンピースとスーツ、それに、気に入って使ってくれてたスカーフ、
喜んで私使うわ~。ありがとう!」
と、思わず言葉が出た。

「へぇ~。おかあちゃんよりもあんたの方が背が高いのに、
うまいことサイズが合ってるやん。」
「そのスカーフ、あんたのその服に、よぅ合ってるわ。」
などと、きっとあの世から声をかけてくれるだろう。

そういえば、母が亡くなった日、私が実家へ着ていったカーディガンも、
偶然、母にもらったものだった。
あの時、母の気持ちがそうさせたのだと、
家に帰ってカーディガンを脱いでからも、ずっと握り締め、涙が止まらなかった。

母からのおさがりを身につけた時、
なんらかの母からの言葉が聞こえたら、
どれだけ嬉しいことか。。。

おかあちゃん、今度おかあちゃんのスカーフ巻いたら、
「あんた、それ、よぅ似合ってるで。」
って、聞こえる声で言ってほしい。




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